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佐賀地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決 1992年8月28日

佐賀県唐津市宇木一六九九番地二

原告

手島啓三

佐賀県唐津市千代田町二一〇九番地四六

被告

唐津税務署長

右指定代理人

新垣栄八郎

佐藤實

井芹知寛

木原純夫

樋口貞文

荒津惠次

白濱孝英

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して平成三年四月二五日付けでした、猶予期限が確定した贈与税額の通知を取り消す。

(以下、これを「第一請求」という。)

2  金二六七万一〇〇〇円を超える部分を取り消す。

(以下、これを「第二請求」という。)

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年一一月一五日、父・手島義雄から、佐賀県唐津市宇木字次郎丸一六九八番二(田・二三八平方メートル)及び同所一六九四番二(田・四七五平方メートル)の各持分五〇分の八、並びに、その他の土地の贈与を受けた(以下、これを「本件贈与」という。)。

2  本件贈与については、租税特別措置法七〇条の四に基づき、贈与税の納付が猶予されていたところ、被告は、右一六九八番二及び一六九四番二の各一部が平成元年三月唐津市に収用されたとして、原告に対し、平成三年四月二五日付けで、贈与税額五万二九〇〇円及び利子税一万三七〇〇円の猶予期限が確定した旨の通知をした。

3  しかしながら、右一六九八番二及び一六九四番二の各土地は、本件贈与の結果、いずれも原告(持分・五〇分の二七)及び手島礼子(持分・五〇分の二三)の共有となっていたところ、右両名は、平成元年三月七日、右各土地につき共有物分割協議を行い、原告が贈与を受けた前記各持分五〇分の八が右の被収用部分に入らないように定めていたのであるから、これらについては収用の対象となっておらず、したがって、被告が原告の右各持分が収容されたとしてなした前記通知は、その認定を誤っており、違法である。

4  また、被告は、原告に対し、昭和五九年分贈与税として、本件贈与につき、合計二七六万五〇〇〇円を課税した。

5  右課税額は、佐賀県唐津市宇木字次郎丸一六九八番二の持分五〇分の八につき、その昭和五九年固定資産評価額を二〇万〇二五四円として算出したものであるが、右固定資産評価額は二万七七六五円に過ぎないから、本件贈与の贈与税額は合計二六七万一〇〇〇円となるべきであって、これを越える部分(九万四〇〇〇円)において違法である。

6  よって、原告は、被告に対し、前記通知、及び、昭和五九年分贈与税課税のうち金二六七万一〇〇〇円を越える部分の各取消しを求める。

二  本案前の答弁の理由

1  第一請求について

原告主張の猶予期限が確定した贈与税額の通知は、納税者が納付期限を失念することがないよう念のために通知したものに過ぎず、処分ではない。

すなわち、租税特別措置法七〇条の四第一項は、農地等の贈与を受けた者の贈与税については、贈与者の死亡の日まで納税を猶予する旨規定しているが、同項但し書及び同条二項では、納税の猶予の対象となった農地等が贈与者の死亡前に譲渡される等一定の要件に該当することとなったときには、右猶予期限はその該当することとなった日から二か月を経過する日とされており、この場合の猶予期限は、特別の手続きを必要とせず、当然に確定するのである。

2  第二請求について

原告主張の昭和五九年分贈与税は、被告が課税処分をしたものではないし、原告主張の贈与税額・二七六万五〇〇〇円も、原告が昭和六〇年二月一五日付けで被告に対してした「昭和五九年分贈与税の申告」により確定したものである。

三  本案前の答弁の理由に対する認否

いずれも争う。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  成立に争いのない甲第一号証、第四ないし第七号証、第九号証、第一〇号証の一、二、第一三号証の一、第一五号証、乙第一、第二号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲第一一号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

1  原告は、昭和五九年一一月一五日、父・手島義雄から、前記一六九八番二(田・二三八平方メートル)及び一六九四番二(田・四七五平方メートル)の各持分五〇分の八を含む本件贈与を受け、その結果、右一六八九番二及び一六九四番の二の各土地については、原告(持分五〇分の二七)及び手島礼子(持分五〇分の二三)の共有となったところ、原告は、翌昭和六〇年二月一五日、本件贈与に関し、課税される財産の価額の合計額を七九二〇万〇六二九円、納付すべき税額を二七六万五〇〇〇円と各記載した「昭和五九年分贈与税の申告書」及び「農地等の贈与税の納税猶予税額の計算書」を被告宛てに提出し、租税特別措置法七〇条の四第一項(農地等を贈与した場合の贈与税の納税猶予)の適用を受け、本件贈与にかかる贈与税全額について納税を猶予された。

2  平成元年三月七日、原告は、右一六九八番二のうち一二七・一六平方メートル(同番三)及び一六九番二のうち二八〇・〇一平方メートル(同番三)の各持分五〇分の二七を唐津市に代金九万四〇〇二円で売却した。

3  被告は、原告に対し、租税特別措置法七〇条の四第一項に基づき、右売却によって本件贈与の贈与税のうち右売却部分に対応する部分の猶予期限が確定したため、これを納付されたい旨を記載した平成三年四月二五日付けの「猶予期限が確定した贈与税額の通知書」と題する書面を送付した。

4  その後、原告は、右贈与税の内金二万円を納付する一方、平成三年五月二三日、被告に対し、右書面による通知について異議申立てをしたが、同年七月二日、右申立てを却下する旨の決定を受け、さらに、同年七月三一日国税不服審判所長に対してした審査請求についても、同年一一月一八日、これを却下する旨の裁決を受けた。

二  そこで、まず第一請求(猶予期限が確定した贈与税額の通知の取消し)につき検討する。

租税特別措置法七〇条の四第一項は、その本文で、農業を営む者で政令で定める者が、農地等をその推定相続人で政令で定める者のうちの一人に贈与した場合における贈与税について、贈与者の死亡の日まで納税を猶予する旨規定しており、同項但し書では、納税の猶予の対象となった農地等が贈与者の死亡前に譲渡される等一定の要件に該当する事実が発生したときは、右猶予期限はその該当することとなった日から二月を経過する日等の一定の日までとなる旨規定している。右但し書に基づく猶予期限の確定については、租税特別措置法上何ら特別の手続は定められておらず、したがって、右但し書所定の譲渡等の一定の要件に該当する事実が発生すれば、その事実の発生のみをもって、同法等の法律の規定にしたがって猶予期限が確定するという法律上の効果が当然に発生するものと解するほかない。前記通知は、このようにして既に発生している法律上の効果を通知するもの(観念の通知)に過ぎないばかりか、何ら法律の規定に根拠を置くものではなく、もとより右通知の有無によって前記の法律上の効果が左右されるわけでもない。

結局、右通知は、納税者が贈与税の納付期限を失念することがないよう、念の為めなされるに過ぎないのであって、これをもって行政事件訴訟法三条二項にいう「処分」と解することはできないから、第一請求の訴えは不適法であって、却下を免れない。

三  次に、第二請求(昭和五九年分贈与税課税の一部取消し)につき検討するに、贈与税については、納税すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定にしたがっていなかった場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分により確定する、申告納税方法が採られている(国税通則法一五条、一六条、相続税法二八条参照)ところ、右の申告納税方式の下においては、まず納税者が、租税実体法上の課税要件の充足によって客観的、抽象的に発生・成立している納税義務の内容を、税額等を具体的に確定させるために自主的な納税申告をし、その納税申告によって納税義務が確定して具体的な納付義務(租税債務)を負担するに至るものである。したがって、納税申告の際、税務署職員らが納税者の相談や質問に応じて説明・指導を行い、納税者の依頼がある場合には右申告に関する提出書類を代筆する等、実際上は納税申告の手続きが右職員らによって主導的になされることがあるとしても、それは、納税申告の正確性や迅速性等を確保するために事実上行われるに過ぎず、右職員らの行為をもって課税処分とみることはできない。

してみると、原告が被告に対して昭和六〇年二月一五日付けで昭和五九年分贈与税の納税申告をしたことは前記認定のとおりであり、被告が右申告に対する更正をしたことを認めるに足る証拠もない以上、右贈与税の税額は、原告のした右申告によって具体的に確定したのであって、右贈与税につき、被告が行政事件訴訟法三条二項にいう何らかの「処分」をしたものと認めることはできない。したがって、第二請求の訴えも不適法であって、却下すべきこととなる。

四  よって、本件訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 岸和田羊一 裁判官 永渕健一)

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